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NEWS [黒か白か展のエピソード最終話]

 

さて、「黒か白か展」幕を下ろしました。

ご来場頂きましたみなさんありがとうございました。

今回は今までの展示と一味違った空間を魅せれたと感じています。

ご来場してくださった方々が、垂れ幕くぐり「おお〜」と言う声、たくさん頂きました。

それは、グループ展にも関わらず今回のコンセプトに賛同してくれた渡辺さん、ヤマクラさんとの波長が揃っていたからこそ

出来た一つの世界感が存在したからだと思います。

なにより支えてくれた人達に感謝してます。

 

最終日に行った参加アーティスト全員によるセッションは僕にとっても刺激的でした。

内容は渡辺さんのバンド「the Astronouts」の生演奏に、僕がライブペイント、その模様をフォトグラファーのヤマクラさんが撮影し映像化するというものでした。

以下3枚の黒白の写真はヤマクラさんが撮ったものです。

 

同じ波長を持つ者達が集まるとそのチカラが倍増する。

最初は1滴でも、着水する波紋の様に。

とてもチカラ強かった。

 

 

今回のメンバーでまた何かやりたいと思っていますので、その時はお知らせさせて頂きます。

『黒か白か展』絵画&写真
2017/11/3〜11/26
 
Yohei cocologue Sakai
渡辺 丈夫
ヤマクラコウジ
 
【music live】
the Astronauts
 
【livepaint】
yohei cocologue sakai
 
【live shooting】
ヤマクラコウジ
 
会場:大蔵家Atelier&Gallery
 
 
そして、今回のグループ展に合わせて書いてきた「黒か白か展へのエピソード」も最終話となります。
ニューヨークでの活動と合わせてご覧頂ければと思います。
さて、前回の内容ではライブペイントの話まで書きました。
一応、ニューヨーク出発前までは展覧会とライブペイントの予定でしたが、僕の中で一つの目標がありました。
それは、ニューヨークで壁画を残すこと。
漠然としたなんの確約もないこの目標は、達成することとなったのですが
そんなこんなを書いていきます。
 
 
こちらは宿泊していた宿にいたゼニー(♂)です。
始めて姿を見てから1週間ぐらいは声しか聞かせてくれなかった。
2週間過ぎた頃から距離を得て姿を表し始め、最終的には一緒に寝るようになっていた。
彼の御陰で、NY滞在中も寂しいことなく過す事ができました。
 
 
滞在から1週間がハードスケジュールだったので、その後はちょっと放心状態だった。
ギャラリー巡り、美術館など色々行きたいところがあったけど、足は向かわず。
 
そんな時は、新潟でもニューヨークでも過ごし方は変わらず休む。
 
1歩も外に出ない日もあった。
 
リセットって必要です。
 
少し休養しながら、飛び込みで行ったギャラリーや現地にいる友人などにコンタクトをとりながら壁画を描きたいという話をして回ったが
なかなかうまくいかない。たまたま、通りかかったグループ展も観たりしたが、正直そそられる作品はなかったりと。
 
滞在も中盤に入り、ニューヨークに物足りなさを感じていた頃、密かな野望に光が差す。
 
現地で活動するグラフィティーアーティストのSHIROさんが僕の事をプッシュしてくれて
ニューヨークはブルックリンにあるホテルのオーナーを紹介してくれることになった。
オーナー曰く、作品を観てから決めるとのことだった。
 
 
しかも、そのホテルは 今回僕が作品を展示した場所で今、ニューヨークで一番ホットな地区ブッシュウィック。
アート最先端の場所に自分の作品を残せるかもしれないという期待と不安を背負い打ち合わせに向かった。
 
 
 
 
作品を見せると直ぐにOKをもらった。
「それでキミは何処に描きたい?」と。
 
でも1階から4階まで、ホテルをこまなく歩いたが、世界各地のアーティストが既に所狭しと描いていた。
僕もなかなか描きたい壁が見つからず悩んでいた。
「どうせ描くなら大きく描きたい」と伝える。
 
「じゃここはどう?」と言って与えられた1Fエントランス脇にあるレディースフロアの一面、巨大な壁だった。
 
約10メールはあるこの壁を観た時にアドレナリンがグッとあがる感覚が来たのでここに決めました。
 
今まで描いてきた中で一番でかい壁を与えてもらえたことはかなり嬉しかった。
 
オーナー曰く、この壁は有名なアーティストが着た時に描けるようにキープしていた場所だと言っていた。
 
そのかわり、条件が与えられた。
 
それは、レディースのフロアということで暗くダークな感じは避けてほしい。
ということだった。
 
 
 
そして、青を使って描き始める。
帰国も迫っていたのでとにかくグルグルグルグル、ぶん回す。
 
描いてる途中、何度かオーナーが観に来て
「これは日本人にしか出来ないね!セイムストローク!セイムストローク!」
と言っていた。
一本描いた線に沿ってさらに線を増やすことに感動したようだった。
 
 
 
 
 
 

途中、夜通し描いている時、このホテルの滞在客が描いているところずっと観ていてくれた。

「この作品の完成はいつ?」と聞かれ。

「多分、明日かな」と答えると。

「明日の朝ニューヨークを出発するから完成が見れないのが悲しい」とまで言ってくれた。

この日は午前3時ころまで描き、翌日また描きに来たら

ホテルスタッフに声をかけられて手紙を渡された。

それは、昨夜ペイントを観ていた人からだった。

 

感動したようなことが書いてあり、完成したら写真を送ってほしいと書いてあった。

絵を描いていて手紙をもらったのは初めてだったし、純粋に嬉しかった。

自身最大の壁画を描き終え、NY滞在もあと3日となった僕はそれでも飽き足らずに

ホテルのオーナーに交渉。

 

同ホテルの客室に「道」を描いて締めました。

これもオーナーに喜んでもらえた。

もしこのホテルに泊まる予定あれば是非、212号室へ是非。

ということで、後はお土産買って帰りました。

 

今回のニューヨークで感じたことは色々あるけれど

みんな人のアイデンティティーを凄く尊重している。

それがベースにあるから人が描くARTに対しても生活の一部として成り立っている。

僕が感じていた10年前のニューヨークの印象は刺々しいイメージだったが

今回の旅は本当にいろいろとニューヨーカーのやさしさに出会った。

それはニューヨークが変わった訳ではなく

自分自身が変わったからなのだと帰って来てから人に言われてわかった。

多くの感動を与えてくれたニューヨーク IS ハートフル。

といったところでしょうか。

 

さてそろそろ最終話も締めようかと。

今回の「黒か白か展」の核となったあの言葉。

 

「あなたは世に何を広めたいのですか。創り出したものにて何をなさろうとしておりますか。

それがわからずば創造に意味はなく、人々の心を打つ事もないでしょう。

己を見つめ直しなされ。見つめて。削いで。最後に残ったものこそ…」

という千利休の言葉。

実はあの言葉には続きがあります。

それは

「最後に残ったものから、古織好みの好きの扉が開きましょうぞ」 by ひょうげもの

用は、削ぎ落としたものを見つけ、そこからやっと本当の自分のスタイルが始まるという意味です。

 

完全に削いだのか。と言われれば、まだだと思います。でも何かを削ぎました。

僕は今、創りだしたものにて何をしようとしているか?それもまだ明確にはなっていませんが

一つ言えるのは、自分の子供に好きなことを仕事にして生きていってほしい。

その手本となるべくやっているような気もしています。 最後まで読んでくれた方ありがとうございました。

 

 

「黒か白か展へのエピソード 最終話」